亡くしたあと180度変わった価値観
はじめに
しーくんを亡くして、
「命には終わりがある」という当たり前のことを、
初めて本当の意味で知った。
昨日まであった日常が、
突然なくなること。
当たり前だと思っていた毎日が、
本当は当たり前じゃなかったこと。
あの日から、
一日一日をかみしめるように生きたいと思うようになった。
今ある幸せに目を向けること。
ちゃんと「幸せだ」と感じながら生きること。
しーくんが命をかけて教えてくれたことを、
私はこれからも大切に生きていきたい。
子どもを産んで、
母になって、
人生の優先順位は大きく変わった。
でも、
しーくんとの別れは、
その価値観をさらに根底から覆した。
仕事の選び方ーできるだけ子どものそばで。そして使命を生きる覚悟
できるだけ子どものそばで
命には終わりがある。
そして、親子で過ごせる時間にも、
必ず終わりがくる。
しーくんを亡くしてから、
「どんな働き方をしたいか」の基準が変わった。
できるだけ子どものそばにいたい。
「おかえり」と言える働き方がしたい。
そう強く思うようになった。
関西大学・保田時男教授の調査によると、
親が我が子と生涯で一緒に過ごせる時間は、
母親が約7年6ヶ月(約65,700時間)
父親は約3年4ヶ月(約29,200時間)
だという。
人生100年時代で考えると、
母親は人生の約8%、
父親は約3%。
この数字を見たとき、
胸がぎゅっとした。
抱っこできるのは、あと数年。
手をつないでくれるのも、あと数年。
「ママ大好き」って言ってくれるのも、
きっとあと少し。
子育てって、
終わりが見えない毎日のようなのに、
振り返ると、
「いつの間にか終わっていたこと」
ばかりだ。
私には、
もう二度と戻れない時間がある。
だからこそ思う。
何気ない今日も、
未来の私が振り返ったら、
きっと宝物なんだろうなって。
未来の私が、
恋しく思うかもしれない今日。
そんな一日を、
ちゃんと大切に生きていきたい。
使命を生きる覚悟
しーくんを亡くしてから、
「経験が意味に変わる仕事がしたい」
と思うようになった。
私は新卒から17年間、
大好きな時計会社で働いていた。
大切な仲間に恵まれて、
人間関係に悩んだことは一度もなかった。
腕時計は、
人生の時間に寄り添う存在だと思っている。
入学、就職、結婚。
人生の節目を共に過ごし、
いつか形見になることもある。
そんな特別なプロダクトに関われることが、
誇りだった。
夢中で走り続けた17年間。
本当に大好きな仕事だった。
でも、
そんな大切なキャリアを手放してでも、
これからの人生で、
どうしてもやりたいことができた。
旅立ったしーくんは、
私の人生に大きな影響を与えてくれた。
悲しみを抱えたままでも、
今ある幸せを感じながら生きていいこと。
「命には限りがある」と、
本気で実感したからこそ、
人生で何を一番大切にしたいのかを、
何度も考えるようになった。
そして選んだのは、
子どもが求めてくれるうちは
できるだけ子どもたちのそばで過ごすこと。
そしてもうひとつ。
同じように大切な人を見送った誰かに、
そっと寄り添える言葉を届けていきたいと思った。
Instagramで、泣いて、笑って、
気持ちに素直に発信する中で、
たくさんの出会いがあった。
「救われました」
「今ある幸せを大切にできるようになりました」
そんな言葉をいただくたびに、
この経験にも意味があるのかもしれないと、
少しずつ思えるようになった。
もし、
前を向いて生きる今の私たちの姿が、
同じように大切な人を失った誰かや、
毎日必死に育児を頑張るママたちの、
小さな希望になれるなら。
時計会社で
「時間の価値」を扱ってきたこと。
そして、
しーくんを通して
「命の時間」を体感したこと。
その全部が重なって、
今の私にできることがあると感じている。
私は17年続けた会社員人生を手放し、
第二の人生を歩むことを決めた。
もし今、
大切な人を想っている方がいたら。
この場所が、
少しでも心をゆるめられる時間になりますように。
当たり前の今日が、
当たり前じゃないことを忘れずに。
あなたが今日、
大切な人との時間を、
大切にできますように。
お金の使い方―余命を意識して
私は、しーくんを亡くす前から
「メメントモリ(死を想え)」という言葉を知っていて、
意識していたつもりだった。
でも、しーくんを亡くしてから、
その言葉の重みを本当の意味で実感するようになった。
この命は、いつ終わるかわからない。
明日が来る保証なんて、本当はどこにもない。
だから私は時々、
「もし余命1ヶ月ですと言われたら、何がしたいだろう」
と考えるようになった。
余命を知った人がしたくなることを調べたとき、
多くの人が望むことは、とてもシンプルだった。
① 会いたい人に会う
② 見たい景色を見に行く
③ 美味しいものを食べる
私は、その全部に強く共感した。
だから今は、
“未来のため”だけじゃなく、
“今をちゃんと生きるため”にもお金を使いたいと思っている。
会いたい人、家族に会う
今世で家族になれたこと。
それって、奇跡みたいなことだと思う。
きっと前世以前から、
何かしらの縁があったんじゃないかって、私は感じている。
ゴールデンウィーク。
離れて暮らすばぁばが、お家に泊まりに来てくれた。
いつもは帰省か、旅先で合流することが多いけれど、
“お家で一緒に過ごす時間”は、
本当に嬉しそうだった。
だからこそ、帰るとき。
長男が
「もっと一緒にいたかった」
「また会いたい」
と泣きじゃくった。
普段から、
「みんなで一緒に住めたらいいのに」
と言っていたから、
今回その願いを少しだけ叶えられた分、
余計に寂しくなったんだと思う。
3世代で過ごす時間って、やっぱり特別だ。
“いつか終わりがある時間”だからこそ、
こうして一緒に過ごせる今は、決して当たり前じゃない。
離れていても、家族は繋がっていること。
子どもたちには、たくさんの味方がいること。
それを伝えていくことも、
親として大切な役目なのかもしれないなと思った。
私の祖父母は東京近郊に住んでいるので会いやすいけれど、
夫の祖父母や親戚は関西にいる。
帰省には、時間もお金もかかる。
でも私は、こういう“会いに行く時間”にこそ、
3世代旅行も、たくさんしたい。
見たい景色に旅をする
長男がきっかけで、
家族みんなが水族館好きになった。
せっかくできた“家族みんなで好きなもの”だから、
私はそこに、時間もお金もかけていきたいと思っている。
まだ見たことのない景色を、
家族5人で見に行きたい。
四季を感じることも、大切にしたくなった。
春の桜、夏の海、秋の紅葉、冬の雪景色。
その時期にしか見られない景色を、
「また来年ね」じゃなく、
“今年ちゃんと見に行こう”と思うようになった。
子どもたちは、今しかない表情で笑う。
今しかない感性で景色を見る。
だから私は、
“いつか落ち着いたら”じゃなく、
「今、一緒に行くこと」を大事にしたい。
日本の水族館だけじゃなく、
いつかは、
世界的YouTuberがドバイの水族館を紹介している動画を家
長男が
「ここ行きたい!」
と言った。
その瞬間、
“あぁ、この夢は家族みんなの夢になったんだ”
って思った。
最終的には、クルーズ旅行もしてみたい。
朝起きたら海が見えて、
眠っている間に次の土地へ着いている。
“移動そのもの”を楽しむ旅を、
家族みんなでしてみたい。
美味しいものを食べる
悲しみの底にいたとき、
私は“美味しい”を感じられなくなった。
何を食べても味がしなくて、
ただ生きるために口へ運んでいた。
だから今、
「美味しい」と感じられること自体が、
とても尊いことなんだと思う。
胃腸炎になったあと、
回復してごはんを食べられたときにも、
“食べられるって幸せなんだ”と実感した。
でも人って、
そういうありがたみをすぐ忘れてしまう。
だからこそ、意識していたい。
「美味しい」を、ちゃんと五感で味わうこと。
旬の食材や、素材の味を楽しむこと。
家族で「美味しいね」って笑い合えること。
どっちのメニューにするか迷ったとき、
値段だけで選ぶんじゃなく、
“今、自分が本当に食べたい方”を選ぶこと。
それも、自分を大切にする行為なんだと思う。
食べたもので、身体はできていく。
だから私は、
“自分をいたわる食事”を大切にしたい。
人生には終わりがある。
だからこそ、
会いたい人に会って、
見たい景色を見て、
「美味しいね」って笑いながら食べる。
そんな時間に、ちゃんとお金を使って生きていきたい。
住居の選び方― 家族時間が取れる場所、旅に出やすく、見晴らしがいい場所
引っ越しという、大きな決断もした。
今住んでいた家に大きな不満があったわけじゃない。
でも、男女のきょうだいだから、
そう考えると、今の家は少し手狭だった。
この家には、
しーくんとの思い出がたくさん詰まっている。
だから正直、
手放すことが怖かった。
家を離れることが、
思い出まで手放してしまうような気がしたから。
でも、
“思い出があるから動けない”
という理由でここに留まり続けることを、
きっとしーくんは望まない気がした。
だから私は、
「過去を守るため」ではなく、
「これからをどう生きたいか」で、
住む場所を選びたいと思った。
せっかくなら、
これからの人生をどう暮らしたいかから考えようと思った。
「人生一度きりだし、海の近くに住んでみたいね」
そんな話をして、実際にいくつか物件を見に行った。
もちろん、津波や土砂崩れなども気になって、
でも、どこかしっくりこなかった。
海の近く。
条件も悪くない。
なのに、心が動かない。
その違和感を言葉にしていったとき、
家族時間が取れる場所
夫は出張が多い。
今の都心の家は、移動の負担が少なく、
もし海辺に引っ越したら、前泊が必要になったり、
それはつまり、家族で過ごせる時間が減るということだった。
親離れするまでの、子どもたちがまだあどけないこの時期。
今しかない家族時間を、できるだけ大切にしたい。
だから私たちは、
「家族がちゃんと帰ってこられる場所」を優先したいと思った。
そしてもうひとつ、
大切にしたかったことがある。
祖父母が、
会いに来やすい場所であること。
しーくんを亡くしてから、
“会える距離にいること”の尊さを、
以前より強く感じるようになった。
会いたいと思ったときに、
会いに行けること。
「ちょっと遊びに行こうか」ができること。
それは、
当たり前じゃない幸せなんだと思う。
だから私たちは、
家族みんなが、
無理なく行き来できる場所に暮らしたかった。
旅に出やすい場所
今の家は、新幹線も飛行機もアクセスが良くて、旅に出やすい。
しーくんを亡くしてから、
「見たい景色を見に行くこと」
「会いたい人に会いに行くこと」
は、私たちにとってすごく大切な価値観になった。
だからこそ、
旅に出るハードルが低い場所に暮らしたかった。
海辺の暮らしには憧れたけれど、
その代わりに“動きにくさ”が増えることには違和感があった。
「どこに住むか」は、
「どんな人生を送りたいか」なんだと気づいた。
見晴らしがいい場所
そしてもうひとつ、気づいたことがあった。
海の近くの物件を見ながら、私はずっと違和感を抱えていた。
その理由は、「海の近くに住みたい」わけじゃなかったから。
本当に求めていたのは、
“水辺が見える景色”だった。
窓の外に、空が広がっていること。
海や川が見えて、光が抜けること。
季節や天気の変化を感じられること。
それが、私にとってすごく大切だった。
だから最終的に選んだのは、
海辺ではなく、都心にありながら、水辺と空が見える家だった。
結果的に、
・家族時間が取りやすい
・旅に出やすい
・見晴らしがいい
その全部を満たす物件に出会うことができた。
しかも、長男と長女の学区内のすぐ近く。
学区を越える引っ越しになる可能性も覚悟していたから、
慎重な性格の長男の友達関係を変えずに済んだことにも、
「どこに住むか」は、
ただの条件選びじゃなくて、
“どんな時間を生きたいか”を選ぶことなんだと思う。
しーくんとの別れを経験してから、
私は「人生の豊かさ」を、
便利さや世間的な正解ではなく、
“どんな時間を家族と過ごせるか”で考えるようになった。
悲しみの扱い方 ― 消さずに抱えて生きていく
前向きにならなきゃ。
泣いてばかりじゃだめだ。
早く元気にならなきゃ。
そんなふうに思っていた時期が、一番苦しかった。
でも、発信を通してたくさんの方と出会い、
大切な人を見送った方の言葉に触れる中で、
気づいたことがある。
悲しみって、
無理に消さなくてもいいんだって。
何十年経っても、
会いたくなる日があっていい。
涙が出る日があっていい。
思い出して苦しくなる日があっても、
それは「前に進めていない」わけじゃない。
悲しくなるのは、
それだけ大切に想っている証だから。
しーくんが大好きだったことも、
今も家族の一員であることも、
悲しみごと抱えて、生きていけばいい。
悲しみを消すことが「前を向く」ことじゃなくて、
悲しみも愛しさも一緒に抱えながら、
今日を生きていくこと。
今の私は、そんなふうに思っています。
きっとこの先も、
ふと寂しくなったり、
どうしようもなく会いたくなる日はある。
でもその気持ちも、
「大切だった時間を生きた証」として、
これからも抱きしめながら歩いていきたい。
おわりに
しーくんを亡くしたことで、
私の価値観は大きく変わった。
仕事のこと。
お金の使い方。
住む場所。
家族との時間。
そして、悲しみとの向き合い方。
「いつか終わりが来る」ということを、
痛いほど知ったからこそ、
“今ここにある時間”を、
以前よりずっと大切に感じるようになった。
もちろん、
毎日きれいごとだけでは生きられない。
子育てに余裕がなくなる日もあるし、
イライラしてしまう日もある。
悲しみに引っ張られる日だってある。
それでも、
何気ない今日が、
未来の自分から見たら
かけがえのない宝物かもしれない。
そう思うと、
「ちゃんと生きたい」と思えるようになった。
このブログに書いたのは、
特別な誰かの人生ではなく、
悲しみも愛しさも抱えながら生きている、
ひとつの家族の記録です。
当たり前じゃない今日を、
大切な人と笑い合える今日を、
これからも大事に生きていきたい。

