私たちには、目には見えない「透明な家族」がいます。

もともとは、どこにでもいる、ごく普通の4人家族でした。

賑やかな足音と笑い声に包まれた、あたたかな日常。

それがずっと続いていくのだと、疑いもしませんでした。

あの日を迎えるまでは。

3年前、次男のしーくんが、

乳幼児突然死症候群によって生後8ヶ月で突然、天国へと旅立ちました。

「なんで、うちの子が」

「まさか、最愛の我が子の最期を見送る日が来るなんて」

昨日まで当たり前のように抱きしめていた温もりが、

突然消えてしまう。

亡くなったら、もう二度と会えない。

そう思っていたからこそ、

あの時期は体が引き裂かれるような、

人生で一番つらい、暗闇のなかにいました。

もう二度と、心から笑える日なんて来ないかもしれない。

そんな絶望のなかにいた私たちに、

しーくんは、不思議な形で何度もサインを送り続けてくれました。

それは、ただの偶然としては片付けられないような、愛おしい出来事の連続でした。

しーくんの命日その日に、奇跡のように生まれてきた長女。

まだ視力も定まらないはずのその長女が、

誰もいない空間を見つめて、嬉しそうにキャッキャと笑いかける姿。

壊れて音が鳴らなくなっていたはずなのに、

ある日ふいに、ひとりでに優しい音を響かせた思い出のおもちゃ。

四十九日の日に、

家族みんなで空に向かって名前を呼んだ瞬間、

曇天の隙間からすっと差し込んできた一筋のまばゆい光。

そして何より、当時まだ小さかった長男が、ぽつりと言ったあの一言。

「しーくんは、透明人間だね」

その言葉に、私たちはハッと救われました。

いなくなったんじゃない。見えなくなっただけなんだ。

その日から、私たちは見えない次男も含めた「5人家族」として、

もう一度前を向いて歩き始めました。

姿は見えなくても、写真に向かって「おはよう」と話しかける。

誕生日には、イメージカラーの花を飾って、

みんなでケーキのろうそくを吹き消す。

アクリル写真のしーくんを胸に抱いて、

家族みんなで新しい景色を見に、旅に出る。

これは、そんな「透明な家族」と今も一緒に生きている、

私たちの等身大の記録です。

ある人にとっては、ただの偶然や、

残された家族の思い込みに過ぎないのかもしれない。

それでも私たちは、

日常に転がるそのひとつひとつの小さな奇跡に意味を感じ、

そっと「ありがとう」と伝えながら生きています。

大切な人を亡くしたとき、

無理に前を向かなくていい。

悲しみは、消さなくていい。

ただ、悲しみを抱えたままでも、

今目の前にある幸せを、私たちは思いきり感じて、

笑って生きていい。

見えなくても、そばにいる。

この本に紡いだ言葉たちが、

いま大切な人を想って涙を流している方の心をそっと包み込み、

あなたのすぐそばにある大切な存在と、

今ある愛おしい時間に気づける「お守り」のような場所になれたら

嬉しいです。