長男が言った「透明人間」

「透明人間」という言葉は、

当時4歳だった長男の言葉から生まれた。

しーくんを亡くしたとき、長男はまだ2歳。

記憶は3歳からってよく聞くけれど、

それでも長男の中には、

弟の存在がしっかりと残っていた。

かわいがっていた弟の姿が見えなくなって、

寂しくて、会いたくて、

泣いていた日もあった。

それでも、私は伝え続けた。

「見えなくても、そばにいるよ」って。

ある日、長男がぱぁっと明るい表情で言った。

「しーくんは、透明人間だね!」

自分なりに受け止めた、その言葉。

その瞬間、

私たち家族の中での“存在のかたち”が

すっと定まった気がした。

それから

見えない弟は、生活の一部になった。

「しーくん、おはよう!」

「幼稚園いってきまーす!」

まるでそこにいるかのように、

自然に話しかけるようになった。

「透明って最強なんだよ!攻撃されないから!」

長男はそう言って、楽しそうに笑う。

そうだね。

しかも、家族のこと守ってくれてるんだよ。

最強のしーくんがいるから、

私たち家族は無敵だね。

目に見えなくなっただけで、

いなくなったわけじゃない。

これからもずっと、そばにいて、

一緒に生きていける。

そんなふうに、

子どもたちと同じ目線で受け取りながら、

これからも伝え続けていきたい。

 

誕生日を思いっきり祝う

→「天国の次男が4歳に。今年も家族5人で迎えた誕生日」

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写真と共に旅をする

しーくんを見送ってすぐ、

手のひらサイズのアクリル写真を作った。

どこへ行くにも連れて行って、

家族4人でのお出かけの中に、

自然としーくんも一緒にいた。

長女が生まれてからも、このスタイルは変わらない。

家族写真を撮るときは、

しーくんのアクリル写真も一緒に。

そうすることで、

“本当は5人家族”という感覚を、

そのまま形に残せるようになった。

もし写真に写っていなかったら、

そこにいないことを、

強く突きつけられる気がしてしまう。

周りからも気づかれないことに、

どこか寂しさを感じていた。

だからこそ、

一緒に写ることが、私にとっての支えになった。

長男も率先して、

「いっくんがしーくん持つ!」と言ってくれる。

写真に向かって話しかけながら、

楽しそうに笑っている姿が、

とても自然で、あたたかかった。

アクリルにしたことで、

できることも増えた。

プールのあるホテルでは、

「これなら一緒に入れるね!」と、じゃぼん。

露天風呂つきの温泉でも、

一緒に湯船に入った。

紙の写真ではできなかったこと。

同じ体験を、一緒にできること。

そのひとつひとつが、

「一緒に生きている」という実感に変わっていく。

見えないけれど、

確かに、ここにいる。

そんな感覚を、

これからも大切に重ねていきたい。