背中を押された日々―前に進む勇気をもらった瞬間―
背中を押された出来事
守られていると感じるようになってから、
少しずつ、変わっていったことがある。
それは、ただ安心するだけじゃなくて、
「進んでみよう」と思えるようになったこと。
見えないけれど、そばにいてくれる存在がいる。
そう思えたとき、不思議と、一歩踏み出す勇気が湧いてきた。
これは、そんなふうに背中を押された、いくつかの出来事の記録。
はじめての絵本執筆(人生の方向を変えた“後押し”)
昨年末、はじめて絵本を書いた。
きっかけは、長男の存在だった。
弟を亡くして、
「会いたい」「見えるようになりたい」と泣く長男に、
どう言葉をかければいいのか、最初はわからなかった。
まだ「死」や「天国」をうまく理解できない5歳という年齢の中で、
私たちが伝え続けてきたのは、正しさよりも、安心できる言葉だった。
「見えなくても、そばにいるよ」
「透明になっても、ずっと一緒だよ」
何度も、悲しみに飲まれてしまう長男へ、
その言葉を、形として残したいと思った。
何度でも、安心として手渡せるように。
そう思って、絵本をつくることを決めた。
パソコンも持っていなくて、イラストも得意じゃなかった。
それでも、どうしても今、形にしたかった。
締切まで1ヶ月。
そこからノートパソコンを購入して、
Illustratorを独学で学んで、
無我夢中で作り上げた。
「とうめいなおとうと、しーくん―みえなくてもそばにいるよ―5さいのあなたへ」
長男を想う気持ちだけで、ここまで来ることができた。
きっとあのとき、しーくんが背中を押してくれていたんだと思う。
長男のプール克服(行動を引き出す“後押し”)
長男は、赤ちゃんの頃から水が苦手だった。
顔に水がかかるのも嫌で、幼稚園のプールの日は、登園を嫌がることもあった。
そんな長男がある日、突然こう言った。
「ホテル三日月のプール、行きたい!」
その一言に、私はすぐに動いた。
これはきっと、変わるチャンスだと思った。
真冬だったけれど、日帰りで何度も通った。
しーくんを亡くしてから、初めてしーくんの写真を連れて
家族4人で旅行した思い出のプール。
楽しくて、どんどん慣れていった。
気づけば、浮き輪なしで水の中を歩けるようになっていた。
そして迎えた、幼稚園のプールの時間。
あんなに苦手だったのに、
「ホテル三日月で足ついたから余裕〜♪」
そう言って、当たり前のように参加していた。
あのときの「行きたい」という一言。
きっとあれも、背中を押してくれたサインだったんだと思う。
本との出会いがくれた気づき(使命に気づく“後押し”)
ある日、ふとおすすめに出てきた一冊の本を、衝動的に購入した。
「一緒に生きる 親子の風景」
まだ読んでいないのに、手に取った瞬間、ひとつの気づきが降りてきた。
私は今、育児エッセイになる内容を発信しているのかもしれない、と。
そしてこれまで、
「本を開いている未来が見える」と言われてきた意味が、
初めて腑に落ちた。
日常の出来事を見つめて、
そこに意味を見つけて、言葉にして届ける。
それはまさに、エッセイを書く人の営みなんだと気づいた。
特別な誰かになるのではなくて、
ただ積み重ねてきたことが、そのまま道になっていく。
そう思えたとき、ひとつの未来が、はっきりと見えた。
「透明な家族と生きる日々」というタイトルで、いつか本を出したい。
この出会いは、そのための一歩だったんだと思う。
雛人形がつないでくれたもの(過去から未来へつながる“後押し”)
雛人形は、私が小さい頃に、
ひいおばあちゃんが贈ってくれたもの。
40年近く前のものだった。
東日本大震災の日、家の中は大きく揺れて、
ガラスケースは割れてしまった。
それでも、雛人形は倒れずに、立ったまま残っていた。
不思議と意思を感じて、ずっと大切に持ち続けていた。
結婚して、長男と次男が生まれても、出番はなかった。
もう手放してもいいのかもしれない。
そう思いながらも、なぜか手放せなかった。
そのあと、次男が旅立ってしまった。
次男を見送ったあと、
もう一度命を迎える覚悟をしたとき、ふと直感で思った。
「この子は女の子だ」と。
生まれてきたのは、長女だった。
はじめてのひな祭り。
やっと、この雛人形と一緒に写真を撮ることができた。
あのとき、なぜ手放せなかったのか。
今ならわかる気がする。
ここにつながっていたんだと。
見えないところで、ずっと、背中を押してくれていたのかもしれない。
背中を押されるということ
ここに書いたことは、
どれも、特別な出来事のようでいて、
振り返れば、すべて、ひとつの流れの中にあったように思う。
守られていると感じたからこそ、前に進むことができた。
そして、進もうとしたときに、そっと背中を押してくれる何かがあった。
見えなくても、確かに導かれている。
そう思えるだけで、
未来に向かう足取りは、少し軽くなる。
これからもきっと、迷うこともあるし、
立ち止まることもある。
それでもまた、必要なときに、
そっと背中を押してくれる気がしている。
だから私は、その感覚を信じて、
これからも一歩ずつ、進んでいきたいと思う。

