はじめに

前の章では、
しーくんとの別れを経験してから、
私の中に少しずつ育っていったものについて書きました。

見えなくても、
大切な存在とつながっていられること。

命には終わりがあるからこそ、
今ある時間を大切に味わって生きること。

そして、
ひとりで頑張らなくてもいいこと。

振り返ってみると、
しーくんは私に「どう生きるか」だけではなく、
「この人生で何をしたいのか」まで
教えてくれたのかもしれません。

それは、

「今度は私が、誰かに渡していきたい」

という想いでした。

私自身が、たくさんの人に支えてもらったように。

悲しみの中にいる誰かに、
「あなたはひとりじゃないよ」と伝えられる人になりたい。

その人が、安心して自分の気持ちを話せる場所を
つくれる人になりたい。

そして、
大切な存在とのつながりを感じながら、
その人らしく、これからの人生を歩いていけるように
そっと伴走できる人になりたい。

そんな気持ちが、
少しずつ私の中ではっきりしていきました。

支えてもらった場所へ

最初に「恩返しをしたい」と思ったのは、
しーくんが最期の時間を過ごした
東京大学病院のそばにある、

『ドナルド・マクドナルド・ハウス』。

病気と向き合う子どもと家族が
利用できる滞在施設です。

ここがあったから、
クリスマスも年末年始も、
家族みんなでしーくんのそばにいることができました。

あれから3年。

「あの時いただいた支えを、
今度は私も誰かへつないでいきたい。」

そんな想いで、ご挨拶へ向かいました。

偶然にも、七夕の日でした。

そこで、
ハウスマネージャーさんと、
当時しーくんと家族を支えてくださった
子ども療養支援士の先生に再会しました。

3年ぶりに会うお二人に、
これまでのことをお話ししました。

しーくんとの別れ。

その後、家族でどう過ごしてきたのか。

そして今、
Instagramや文章を通して、
同じように大切な人を亡くした方たちと
言葉を交わしていること。

その時間を通して、
私は少しずつ
「自分にもできることがあるかもしれない」と
思うようになったこと。

とてもあたたかい時間になりました。

また、小さな体で悲しみと向き合う長男を支えたい一心で執筆した絵本も寄贈させていただき、
本棚に飾っていただけることに…!

必要としてくださるご家族との出会いにつながったら、
これ以上嬉しいことはありません。

そして今回、一番嬉しかったこと。

「みかづきめさんの発信で、
マクドナルド・ハウスの存在を知る人が増えたら嬉しい。」

そう言っていただけたことでした。

ドナルド・マクドナルド・ハウスは、
多くの方の寄付や支援によって
子どもたちとその家族を支えている場所です。

支えてもらった場所で、
今度は一緒に支える側として歩んでいけるかもしれない。

そんな未来を感じられた時間でした。

「私にできることがあれば」

そこから、
「私にも何かできることがあるかもしれない」

という気持ちが、
少しずつ行動に変わっていきました。

しーくんがお世話になった病院。

かかりつけだった病院。

そして、
同じように子どもを亡くしたご家族を支えている場所。

「私にできることがあれば」と、
少しずつ声をかけてみることにしました。

まだ、
何か大きな活動が始まったわけではありません。

どんな形が一番必要なのかも、
これから探していくところです。

それでも、

「経験を誰かのために使えたら」

と思って一歩踏み出すこと自体が、
私にとっては大きな変化でした。

あの頃は、悲しみの底にいた私が、

今度は、

「何かできることはありませんか?」

と、自分から尋ねている。

そのことが、
なんだか不思議で、
そしてとても嬉しかったです。

しーくんのかかりつけ医だった病院で起きた偶然

そんなある日。

引っ越しの片付けをしていると、
一枚の手紙が出てきました。

そこには、

「お子さんを亡くされたご家族の方へ」

と書かれていました。

しーくんが生前お世話になっていた、
かかりつけの病院からの手紙でした。

そこには、
子どもを亡くした家族のための
月に一度のお話会があることが書かれていました。

「こんな会があったんだ」

そう思って予定を見てみると、
なんと、ちょうど次の開催日が近づいていました。

私は、

「行ってみようかな」

と思いました。

そして、
その日に参加することにしました。

どこかで、

「しーくんが、ここへ連れてきてくれたのかもしれない」

そんなふうにも感じていました。

そこには、
25年前に息子さんを亡くされたお母さんたちがお二人いました。

25年。

私には、
まだ想像もできないほど長い時間です。

そのお二人が、
これまでの25年間について
静かに話してくださいました。

その中で、
私はいくつもの大切な言葉を受け取りました。

「泣いているときは、そばにいるとき」

長男は時々、
突然「しーくんに会いたい」と泣くことがあります。

6歳になった今でも、
弟のことを覚えていて、
会いたいと思ってくれている。

その姿を見ていると、
私も胸が苦しくなることがあります。

「小さな体で、まだまだ
こんな大きな悲しみを抱えているんだ」

そんなふうに思っていました。

そのことを話した私に、
お母さんが言ってくれました。

「泣いているときは、そばにいるとき。」

その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥がふっと緩みました。

長男が泣くことは、
悲しみが続いている証でもある。

でも同時に、
弟を大切に想っている証でもある。

そして、

「当時2歳半だったのに、
6歳になっても覚えているって、すごいことですよね。
覚えているから想える。
想えるから涙が出るんですよ。」

そう言ってくださいました。

私はその言葉を聞きながら、
長男の涙を、
「どうにかなくしてあげなければ」と
思わなくてもいいのかもしれない、と思いました。

泣いていい。

会いたいと思っていい。

大切だった人を想って、
涙が出てもいい。

そんなふうに、
悲しみをそのまま受け止めてもらえる場所があることが、
こんなにも心強いんだと知りました。

「親だけが支えなくてもいい」

長男はこれから小学生になります。

これまで私は、
「長男の悲しみを支えるのは私の役目」だと
どこかで思っていました。

でも、そのお話会に参加して、

「私だけが支えなくてもいいんだ」

と思えるようになりました。

親だからこそできることもある。

でも、親には言えないこともある。

親ではない大人だからこそ、
話せることもある。

そんな場所が、
子どもにも必要なのかもしれない。

長男には長男で、その場所を探していきたいし、

私の活動としては、
悲しみを抱える子どもたちにとって、
そんな「第三の親」のような存在に
なれたらいいなと思うようになりました。

実際、Instagramを通して
小学生、中学生、高校生の方から、

「動画を見て、家族をもっと大切にしたいと思った」

「兄弟を亡くしたけれど、
見えなくてもそばにいるって言葉に救われた」

そんなメッセージをいただくことがあります。

その言葉を受け取るたびに、

「子どもたちにも、親以外にも
安心して気持ちを話せる場所が必要なんだ」

と感じるようになりました。

「50年経っても、忘れなくていい」

そのお話会は、
25年続いていました。

25年経っても、

「話したくなったら、ここに来ればいい」。

そこには、
変わらず話を聴いてくれる人がいる。

そのこと自体が、
大きな支えになっているのだと思いました。

私はそのとき、

「私も、こんな場所を50年続けられたらいいな」

と思いました。

50年というのは、
今年、しーくんの命日に花屋さんへ行ったときの
エピソードが深く関係しています。

そこで出会った店員さんが、
同じように大切な子どもを亡くしたお母さんでした。

用途を聞かれ、
「息子の命日です」と伝えると、

「私も、50年経っても、
一日も忘れたことはありません」

と話してくださいました。

その言葉を聞いて、
私は思いました。

50年経っても、
忘れなくていいんだ。

時間が経ったら、
悲しみを終わらせなければいけないわけじゃない。

肩の力がふっと抜けたのを覚えています。

50年後。

今よりずっと歳を重ねた私が、

「忘れなくていいんですよ」

「会いたいと思っていいんですよ」

「大切な人とのつながりを、
これからも大切にしていいんですよ」

と、誰かに伝えられる人になれたらいい。

そんな未来を、
初めて具体的に想像しました。

そんな中、長男が泣いた

その日の夜。

お風呂から出てすぐの長男が、
突然、泣き出しました。

「しーくんに会いたい」

その涙を見た瞬間、
私は昼間のお話会で聞いた言葉を思い出しました。

「泣いているときは、そばにいるとき。」

その言葉を思い出して、

「今、しーくんがそばにいるんだ」

って思えました。

私はすぐに長男に、

「泣いちゃうときは
しーくんがぎゅーってしてくれてるみたい」

「こんなに想ってもらえて、
しーくんは幸せだね」

って、抱きしめながら伝えました。

そう言うと、
長男はさらにたくさん泣きました。

昼間、あのお話会に参加したこと。

そこで、
長男の涙を受け止める言葉をもらったこと。

そして、その日の夜に
長男が弟を想って泣いたこと。

全部がつながっているように感じました。

もしかしたら、
しーくんが長男にこの言葉を届けてほしくて、
私をあのお話会へ連れていってくれたのかな。

そんなふうに受け取ったら、
なんだか少し嬉しくなりました。

「ひとりじゃない」を、私からも

この頃から、
Instagramに届く言葉も少しずつ変わっていきました。

「同じように悲しんでいる人がいると知れてよかった」

「自分だけじゃないと思えました」

そんな言葉を、
たくさんいただくようになりました。

私はこれまで、
長男をどう支えたらいいのか、
家族をどう支えたらいいのか、
ずっと考えてきました。

でも、
たくさんの方から言葉をいただく中で、
気づいたことがあります。

悲しみを抱えている人は、
ひとりで頑張らなくていい。

そして、
支える側の私たちも、
ひとりで頑張らなくていい。

誰かの言葉に救われることがある。

誰かの経験に勇気をもらうことがある。

「わかるよ」と言ってもらえるだけで、
少し呼吸がしやすくなることがある。

私自身がそうだったように、
人は人に支えてもらいながら、
少しずつ歩いていけるのだと思います。

もっと学びたい。カウンセラーの資格取得へ

そして、
たくさんの方と話をするようになったからこそ、

「自分の経験だけで、
誰かの力になろうとしてはいけない」

という気持ちも、
強くなっていきました。

私は、しーくんを亡くした経験があります。

だからこそ、
わかる気持ちはたくさんあります。

でも、
同じ喪失でも、感じ方は一人ひとり違います。

悲しみ方も違う。

家族との関係も違う。

必要としている支えも違う。

だから私は、
もっとグリーフについて知りたいと思いました。

悲しみとは何なのか。

人は喪失を経験すると、
どんなことを感じるのか。

子どもはどう悲しむのか。

そして、
どんなふうに寄り添うことができるのか。

高校生の頃に、
「カウンセラーになりたい」と思ったことがありました。

でも、いつの間にかその夢を
心の奥にしまっていました。

それが今になって、
もう一度目の前に現れたような気がしました。

私は、
グリーフケアを学ぶことにしました。

まずはグリーフケアカウンセラーの資格取得を目指し、
その先には、子どもの心についても学んでいきたい。

自分の経験だけではなく、
「経験」と「学び」の両方を持って、
誰かのそばにいられる人になりたいと思ったからです。

ご縁をつなぐ、お話会を開設

そんな中で、
Instagramを通してつながった
同じように大切な人を亡くしたお母さんたちと、
小さなお話会を開くことも始めました。

最初は、
3人で話すだけの小さな時間でした。

でも、そこで、

「自分だけじゃなかった」

「同じ気持ちの人がいるんだ」

と思える瞬間がありました。

私は、その時間がとても好きでした。

何かを解決しなくてもいい。

正しい答えを出さなくてもいい。

ただ、

「わかるよ」

「私もそうだったよ」

と、お互いの言葉を聴く。

それだけで、
心が少し軽くなることがある。

私は、
そんな「ご縁をつなぐ場所」を
これからも少しずつ増やしていきたいと思いました。

講演会デビュー

そして、
もうひとつ大きな一歩を踏み出すことになりました。

友人が運営している
ママのためのコミュニティ「if」で、
初めて講演会をさせてもらうことになったのです。

タイトルは、

「当たり前の今日を、もっと味わう。」

〜大切な人との別れが教えてくれたこと〜

しーくんとの別れを経験して、
私の「今日」の見え方は大きく変わりました。

子どもと笑うこと。

一緒にごはんを食べること。

「ママ見て!」に応えること。

家族で出かけること。

何気なく過ぎていく毎日。

以前は、
そんな時間を「当たり前」だと思っていました。

でも、
当たり前だと思っていた今日が、
実はかけがえのない一日だった。

そのことを、
しーくんが教えてくれました。

だから今度は、
その気づきを私からも
誰かに渡していきたい。

もちろん、
「前向きになろう」と言いたいわけではありません。

悲しみをなくそうとも思いません。

大切な人を亡くしたら、
会いたいと思っていい。

泣いていい。

忘れなくていい。

その悲しみを抱えながらでも、
今そばにいる人との時間を大切にしていい。

自分の人生を、
少しずつ味わっていっていい。

そんな時間を、
参加してくださる方たちと一緒につくりたいと思っています。

支えてもらった側から、支える側へ

振り返ってみると、
私はずっと、
誰かに支えてもらいながら
ここまで歩いてきたんだと思います。

しーくんが入院していた頃。

家族みんなでそばにいることさえ
難しかった頃。

長男の心をどう支えたらいいのか
分からなかった頃。

しーくんを亡くして、
これからどう生きていけばいいのか
分からなかった頃。

そのたびに、
誰かがそっと手を差し伸べてくれました。

病院の先生。

看護師さん。

子ども療養支援士の方。

ドナルド・マクドナルド・ハウスの方。

家族。

友達。

そして、
SNSを通して出会ったたくさんの人たち。

私は、
一人でここまで来たんじゃない。

たくさんの人に支えてもらって、
今日まで歩いてくることができました。

だから今度は、
私も誰かのそばにいられる人になりたい。

悲しみをなくしてあげることはできない。

その人の痛みを、
代わってあげることもできない。

でも、

「ここにいるよ」

「あなたはひとりじゃないよ」

「泣いていいよ」

「会いたいと思っていいよ」

「忘れなくていいよ」

そう伝えながら、
その人が自分の気持ちを安心して話せる場所を
一緒につくることはできるかもしれない。

そして私は、
大切な人を亡くしたあとも、
その人とのつながりを大切にしながら
生きていっていいんだということを伝えたい。

見えなくなっても、
関係までなくなったわけじゃない。

愛も、思い出も、
その人から受け取ったものも、
これからの人生の中に残っていく。

悲しみを抱えたままでも、
これからの人生を歩いていっていい。

その人と一緒に、
これからの幸せを味わっていっていい。

私は、そんなふうに
そっと背中を押せる人になりたい。

まだ、
何か大きなことができるわけではありません。

資格もこれから。

活動もこれから。

どんな場所をつくっていくのかも、
まだ手探りです。

それでも、

「誰かの力になりたい」

そう思って一歩を踏み出した今日から、
私の第二の人生は、
もう始まっているのかもしれません。

しーくんから受け取ったものを、
今度は誰かへ。

あの日もらった優しさを、
次の誰かへ。

支えてもらった経験を、
今度は支える力へ。

しーくんがつないでくれたご縁を、
ひとつずつ大切に育てながら、
これからも歩いていきたいと思います。

しーくん。

あなたが生まれてきてくれたことで、
私はたくさんの人に出会いました。

たくさんの優しさをもらいました。

そして今、
その優しさを誰かにつないでいく人生を
歩き始めています。

あなたとの別れがなければ、
きっと見えなかった景色がありました。

あなたがいなければ、
出会えなかった人たちがいました。

だから私は、
あなたとの時間も、
あなたとの別れも、
これからの人生の中で
大切に抱えていきたい。

悲しみをなくすのではなく、
悲しみも愛おしさも全部抱きしめながら。

見えなくても、
これからもずっと5人家族で。

あなたから受け取ったものを胸に、
今度は私の手で、
誰かへつないでいくね。

しーくんがつないでくれた
この人生の続きを、

今度は私の足で、
私の人生として、
歩いていくね。