しーくんからの贈り物
はじめに
しーくんは、
大切なことを伝えるために
生まれてきてくれたんだなって、
今ならそう思えています。
しーくんとの別れは、
私の価値観を根底から覆しました。
生きることや死ぬことへの考え方が変わり、
「どう生きたいか」を考えるようになった。
そして、
悲しみの中にいる自分も含めて、
「どう在りたいか」まで
少しずつ考えられるようになりました。
しーくんから受け取ったものは、
今も私の中で、
少しずつ形を変えながら生き続けています。
それは、
私にとって大切な「贈り物」です。
① 死生観の贈り物
見えなくても一緒に生きていける
しーくんを亡くしたあと、私はこう思っていました。
「もう二度と会えない」
それが一番つらかった。
抱っこもできない。
声も聞けない。
成長を見ることもできない。
もう何もしてあげられないし、
何も受け取れない。
死とは、関係が終わることだと思っていました。
でも、時間が経つ中で、
少しずつ感じ方が変わっていきました。
姿が見えなくなっても、
一緒に過ごした時間はなくならない。
もらった愛も、
交わした言葉も、
心に残った思い出も、
その人から受け取ったものも、
私の中にちゃんと残っている。
そして、
ふとした瞬間に
「今日は一緒に来てくれている気がする」
「この景色、見せてあげたい」
そんなふうに感じることもある。
旅先で出会った景色や、
何気ない日常の中で起こる出来事を見て、
「もしかしたら、しーくんからのサインなのかもしれない」
と受け取ることもあります。
しーくんのことを考えていた日に、
偶然とは思えない出来事が重なったり。
落ち込んでいるときに、
まるで答えをくれるような言葉に出会ったり。
家族みんなで
「今の、しーくんっぽいね」
と笑ってしまうような出来事が起きたり。
それが本当に何なのかを
証明できるわけではない。
でも、
そう感じることで心があたたかくなったり、
しーくんとのつながりを
もう一度感じられたりするなら、
私はその感覚を大切にしていいと思っています。
嬉しいことがあったときは報告したくなるし、
迷ったときは心の中で相談したくなる。
家族の会話の中にも、
しーくんは自然に登場します。
亡くなったから終わりではなく、
形を変えて関係が続いている。
今の私は、そう感じています。
会えなくなったからといって、
その人との関係まで
なくなったわけじゃない。
見えなくても、
私はしーくんとつながったまま
生きていける。
そう思えるようになったことは、
私にとって大きな贈り物でした。
死は終わりではない。
愛は、なくならない。
しーくんを通して知ったのは、
愛は目に見える形だけではないということでした。
② 生き方の贈り物
「今を大切に、人生を味わう」
しーくんとの別れを経験してから、
「いつか」ではなく
「今」を大切にしたいと思うようになりました。
人生には終わりがある。
だからこそ、
今ここにある時間を
もっと味わって生きたい。
私が大切にするようになったのは、
この5つです。
会いたい人に会う
「また今度ね」が、
当たり前にあるわけじゃないと知ったから。
“会いに行ける今”にこそ、
離れて住む家族に会いに行くことに
お金や時間を使いたいと思うようになりました。
我が家は東京に住んでいて、
パパ側のじぃじばぁばや親戚は
関西に住んでいます。
帰省には、
お金も時間もかかります。
それでも、
会いたい人に会いに行くことを
後回しにしたくないと思うようになった。
同時に、
ママ側のじぃじばぁばや家族が
東京近郊にいて、
気軽に会える距離にいることも、
以前よりずっと尊く感じるようになりました。
帰省したり、
東京の家に来てもらったり、
一緒に旅行したり。
そんな何気ない時間こそ、
あとから振り返ったときに、
かけがえのない宝物になるんだと思います。
会いたい人に会えることは、
当たり前じゃない。
だから私は、
「また今度」ではなく、
「今」を大切にしたい。
会いたい人に会うこと。
それは、
人との時間を後回しにしないということ。
離れていても家族はつながっていること。
会えない時間があっても、
想いはちゃんと届くこと。
そして、
あなたたちにはたくさんの味方がいること。
これからも何度でも、
子どもたちに伝えていきたいと思っています。
今しか出会えない景色を見に行く
「また来年ね」じゃなく、
「今年、ちゃんと見に行こう」。
四季を感じる景色。
その土地ならではの風景。
そこでしか出会えない命。
子どもたちは、
今しかない表情で笑う。
今しかない感性で、
景色を見る。
そんな「今しかない」を
一緒に見られることって、
とても幸せなことなんだと思っています。
長男がきっかけで始まった、
全国水族館めぐり。
その土地の海で暮らす生き物たちや、
地域ごとの特色が感じられる展示を見るのが
大好きになりました。
旅をするようになってからは、
春の桜。
夏の海。
秋の紅葉。
冬の雪景色。
四季を感じる景色や、
その土地ならではの風景に出会う時間も、
大切なものになりました。
そして、
しーくんが見えなくても
そばにいるように感じられるようになってから、
「家族5人で、
もっとたくさんの景色を見たい」
そう思うようになりました。
今しか出会えない景色を見に行くこと。
それは、
季節や命との一期一会を味わうこと。
同じ景色でも、
子どもたちは今しかない感性で見て、
今しかない表情で笑う。
だから私は、
景色を見に行っているようで、
本当はその時の子どもたちを
見に行っているのかもしれません。
親離れするその日まで。
3人の子どもたちと、
たくさんの景色に出会っていきたいです。
心と体が喜ぶ美味しいものを食べる
「美味しい」と感じられること自体が、
とても尊いことなんだと
実感するようになりました。
悲しみの底にいた頃は、
ただ口にものを運ぶだけで、
美味しいものを
美味しいと感じられなかった。
だからこそ、
「美味しい」と感じられる今が
とてもありがたい。
白米の甘みに気づくこと。
旬の食材を味わうこと。
素材そのものの味を感じること。
家族で
「美味しいね」って笑い合えること。
忙しい日々の中でも、
ちゃんと自分をいたわる食事をすること。
それだけで、
十分幸せな時間なんだと思うようになりました。
どっちのメニューにするか迷ったときも、
値段だけで決めるのではなく、
「今、自分が本当に食べたい方はどっち?」
と、自分に聞くようになった。
それも、
自分を大切にすることなんだと思います。
食べたもので、
身体はできていく。
だから私は、
心と体が喜ぶものを選びたい。
そして何より、
今日も家族みんなで
「美味しいね」と笑い合えること。
それは決して当たり前ではない、
かけがえのない幸せです。
自分を満たして、周りを笑顔にする
「ママになったら、
我慢するもの」。
そんなふうに思っていた時期がありました。
でも、
自分の人生にも終わりがあると知ったから。
行きたい場所へ行く。
やりたいことをやる。
好きなものを好きと言う。
自分の心が喜ぶことを、
後回しにしないようになりました。
学生時代に好きだった陶芸。
ずっと行きたかったモネ展。
記録することが好きな私は、
今も子どもたちの成長や
家族の思い出を残す時間が大好きです。
家族のお出かけ先や旅先も、
子どもが喜ぶ場所だけではなく、
「ママが行ってみたいから」
という理由で選ぶことも増えました。
以前の私は、
家族を優先することが愛情だと思っていて、
自分のことはつい後回しにしていました。
でも、
自分の「好き」を大切にする時間は、
思っていた以上に
心を満たしてくれた。
自分を満たすこと。
それは、
自分の「好き」を大切にすること。
自分が満たされると、
家族にも優しくなれる。
ママが笑顔でいると、
家族の笑顔も増えていく。
そんな幸せの連鎖を、
少しずつ実感しています。
だから今は、
家族のためにも、
自分の心が喜ぶことを
大切にしたいと思っています。
やったことのない世界へ飛び込む
子どもたちの
「やってみたい!」が、
私の世界を広げてくれました。
長男は、
サメ、恐竜、昆虫、釣りが大好き。
どれも、
私がこれまでの人生で
あまり触れてこなかった世界でした。
でも、
長男の「好き!」を一緒に楽しんでいたら、
知らなかった世界にたくさん出会えて、
私自身の視野も
ぱぁっと広がっていったんです☺️
キャンプもそのひとつ。
ママもパパも初心者だったので、
最初は
「本当にできるかな?」
と不安もありました。
でも、やってみたら
想像以上に楽しかった。
挑戦してみたからこそ、
見ることができた景色がありました。
何歳になっても、
初めてのことはドキドキする。
失敗するかもしれない。
思ったより大変かもしれない。
それでも、
踏み出した先にしか
見えない景色がある。
そのことを、
子どもたちが教えてくれました。
やったことのない世界へ飛び込むこと。
それは、
人生を広げる選択をすること。
人生は一度きり。
だからこれからも家族みんなで、
「やってみたい!」を大切にしながら、
たくさんの初挑戦を
楽しんでいきたいです。
③ 在り方の贈り物
人はひとりで頑張らなくていい
しーくんを亡くす前の私は、
どちらかというと
「ちゃんとしなきゃ」
「頑張らなきゃ」
と思うことが多い人でした。
人に頼るより、
自分で何とかしようとする。
弱音を吐くより、
笑顔でいようとする。
そんな生き方をしていた気がします。
でも、
しーくんとの別れは、
ひとりでは抱えきれない悲しみでした。
どれだけ強くいようとしても、
どれだけ前を向こうとしても、
泣いてしまう日がある。
立ち止まってしまう日がある。
どうしても頑張れない日がある。
そんな自分を、
最初は受け入れられませんでした。
以前の私は、
悲しみを見せることは弱さだと思っていました。
迷うことも、
立ち止まることも、
人に頼ることも、
どこかいけないことのように感じていました。
でも、
たくさんの人に支えられながら生きる中で、
少しずつ気づいたんです。
人は、
ひとりで頑張らなくていいんだと。
大切な人を亡くした経験は、
私の中に
4つの人間性を育ててくれました。
人の悲しみに気づける心
以前よりも
人の悲しみに
気づけるようになりました。
SIDSのご家族や、
同じように大切な人を亡くした方の言葉を、
以前より深く受け取れるようになった。
「この人も、
きっと誰にも言えない気持ちを
抱えているのかもしれない」
そんなふうに、
相手の見えない部分にも
心を向けられるようになりました。
怖くても進める強さ
悲しみを経験したからこそ、
「やりたいことをやらずに終わる方が怖い」
そう思うようになりました。
17年間勤めた会社を辞めること。
新しい世界に飛び込むこと。
発信して、絵本を描いて、
自分の言葉を、
顔を出して誰かに届けること。
どれも、
3年前の私には
想像できなかったことです。
それでも、
「怖いけどやってみよう」
と思えるようになりました。
「ひとりじゃない」と伝えられる力
私の言葉を受け取った方から、
「私だけじゃないと思えました」
「救われました」
そんな言葉をいただくたびに、
私自身も支えられてきました。
悲しみを抱えているのは、
自分だけじゃない。
誰かに話してもいい。
誰かに頼ってもいい。
ひとりで頑張らなくていい。
そんなことを、
少しずつ知っていきました。
弱い自分も認められる安心感
悲しい日は、
悲しいままでいい。
泣きたい日は、
泣いていい。
元気になれない日があってもいい。
そんな自分を隠さず、
そのままの言葉で
発信できるようになったことも、
しーくんから受け取った
大切なもののひとつです。
4つの共通点
人の悲しみに気づけるようになったこと。
怖くても進めるようになったこと。
「ひとりじゃないよ」と
伝えられるようになったこと。
弱い自分も認められるようになったこと。
それは全部、
しーくんが私の人生に残してくれた
大切な贈り物です。
弱さを抱えながら、
人と支え合って生きること。
ひとりで頑張らなくていいこと。
今なら、
素直にそう思えます。
おわりに
しーくんとの別れは、
私の人生を大きく変えました。
「死」というものを
身近に知ったことで、
生きることを考えるようになった。
見えなくても、
大切な存在とつながっていられることを知った。
だからこそ、
「また今度」ではなく
「今」を大切にするようになった。
会いたい人に会う。
今しか出会えない景色を見る。
心と体が喜ぶものを食べる。
自分を満たす。
やったことのない世界へ飛び込む。
そして、
人の悲しみに気づき、
人と支え合いながら生きていく。
振り返ってみると、
死生観が変わり、
生き方が変わり、
在り方まで変わっていった。
それが、
しーくんから私が受け取った
「贈り物」だったのかもしれません。
もちろん、
しーくんを失った悲しみが
なくなったわけではありません。
今でも会いたい。
もう一度抱きしめたい。
声を聞きたい。
ふとした瞬間に、
どうしようもなく恋しくなる日もあります。
それでも私は、
悲しみも愛おしさも、
全部抱えながら生きていけるようになった。
会えなくなったからといって、
しーくんとの関係まで
終わったわけじゃない。
見えなくても、
これからも一緒に生きていける。
そして、
しーくんから受け取ったものは、
私の人生の中で
これからも育っていくんだと思います。
40歳になった今、
私はひとつの問いを
自分に投げかけました。
「しーくんから受け取ったものを、
これから私はどう生かしていく?」
その答えは、
まだ始まったばかりです。
でも、
少しずつ見えてきたものがあります。
私が受け取ったものを、
今度は誰かへ渡していきたい。
悲しみの中にいる人に、
「ひとりじゃないよ」と伝えたい。
大切な存在とのつながりを感じながら、
今ある幸せに気づき、
これからの人生を味わっていけるような
言葉を届けたい。
しーくんが私に残してくれた贈り物を、
これからの人生で
大切に育てていきたい。
学生時代から
大切にしてきた言葉があります。
「It’s never too late to start」
何かを始めるのに、
遅すぎることは何一つない。
そして、
17年間勤めた時計会社で
何度も目にした言葉。
「Better starts now」
今この瞬間が、
一番新しいスタートライン。
この2つの言葉を胸に、
私はこれからの人生を
歩んでいきます。
その先にある
私の新しい一歩については、
次の章で綴ろうと思います。

