はじめに

しーくんは、

大切なことを伝えるために生まれてきてくれたんだなって、

今ならそう思えています。

私はずっと、

しーくんから多くのものを奪われたと思っていました。

当たり前の日常。

未来の約束。

家族5人で生きるはずだった人生。

でも時間が経った今、

見える景色は少し変わりました。

失ったものは確かにある。

だけど、

しーくんが残してくれたものもあった。

それは

死生観であり、生き方であり、

人との関わり方でした。

今日は、

しーくんから受け取った贈り物について

書いてみようと思います。

① 死生観の贈り物

見えなくても一緒に生きていける

しーくんを亡くしたあと、私はこう思っていました。

「もう二度と会えない」

それが一番つらかった。

抱っこもできない。
声も聞けない。
成長を見ることもできない。

もう何もしてあげられないし、
何も受け取れない。

死とは、関係が終わることだと思っていました。

でも、不思議なことが起こり始めました。

しーくんのことを考えていた日に、
偶然とは思えない出来事が重なったり。

落ち込んでいるときに、
まるで答えをくれるような言葉に出会ったり。

家族みんなで
「今の、しーくんっぽいね」
と笑ってしまうような出来事が起きたり。

最初は気のせいかもしれないと思いました。

でも、何度も何度も繰り返されるうちに、
少しずつ考え方が変わっていきました。

見えなくなっただけで、
いなくなったわけじゃないのかもしれない。

私はしーくんの存在を、
以前より近くに感じるようになりました。

もちろん、目に見えるわけではありません。

でも、
嬉しいことがあったときは報告したくなるし、
迷ったときは心の中で相談したくなる。

家族の会話の中にも、
しーくんは自然に登場します。

亡くなったから終わりではなく、
形を変えて関係が続いている。

今の私は、そう感じています。

しーくんを通して知ったのは、
愛は目に見える形だけではないということでした。

抱きしめることができなくても。

言葉を交わせなくても。

愛はなくならない。

形を変えながら、
これからも一緒に生きていける。

それが、
しーくんが私にくれた最初の贈り物でした。

私は今でも、
しーくんがそばにいると思っています。

だから悲しみが消えたわけではありません。

会いたい気持ちも変わりません。

それでも、
「もう会えない」から

「見えなくても一緒に生きていける」

へ。

その変化は、
私の人生を大きく変えました。

しーくんが教えてくれたこと。

それは、

死は終わりではないということ。

そして、

愛はなくならないということでした。

② 生き方の贈り物

命には終わりがあるから、今を生きる

しーくんを亡くしてから、私の中で大きく変わったことがあります。

それは、お金や時間の使い方です。

以前の私は、どちらかというと未来のために生きていました。

将来のために貯金をする。
いつか落ち着いたらやろうと思う。
また今度会いに行こうと思う。

そんなふうに、「いつか」が当たり前にやって来ると思っていました。

でも、命に終わりがあることを知った今は違います。

未来のために生きることも大切だけれど、
それ以上に「今」を大切にしたい。

そんな私が、死を知ったあと大切にするようになった生き方が5つあります。

会いたい人に会う

「また今度ね」が、当たり前にあるわけじゃないと知りました。

だから私は、会いたい人に会いに行くことに、お金と時間を使いたいと思うようになりました。

我が家は東京に住んでいて、パパ側のじぃじばぁばや親戚は関西にいます。
帰省にはお金も時間もかかります。

それでも会いに行きたい。

帰省したり、東京に来てもらったり、一緒に旅行したり。

そんな何気ない時間こそ、あとから振り返ったときに宝物になる気がするからです。

会いたい人に会うこと。

それは、人との時間を後回しにしないということでした。

今しか出会えない景色を見に行く

長男がきっかけで始まった水族館めぐり。

その土地ならではの生き物や風景に出会う時間が、私は大好きです。

春の桜。
夏の海。
秋の紅葉。
冬の雪景色。

同じ景色は二度とありません。

そして何より、子どもたちも今しかない感性でその景色を見ています。

しーくんが見えなくてもそばにいると思えるようになってからは、家族5人でたくさんの景色を見たいと思うようになりました。

今しか出会えない景色を見に行くこと。

それは、季節や命との一期一会を味わうことでした。

心と体が喜ぶ美味しいものを食べる

悲しみの底にいた頃、私は美味しいものを美味しいと感じられませんでした。

ただ食べるだけ。

生きるために口に運ぶだけ。

だから今、「美味しい」と感じられること自体が、とても尊いことだと思っています。

旬の食材を味わうこと。
素材そのものの味を感じること。
家族で「美味しいね」と笑い合うこと。

それは決して当たり前ではありません。

心と体が喜ぶ美味しいものを食べること。

それは、生きている喜びを味わうことでした。

自分を満たす

以前の私は、家族を優先することが愛情だと思っていました。

だから自分のことは後回し。

「いつかやろう」と思っていることがたくさんありました。

でも今は違います。

学生時代から好きだった陶芸。
ずっと行きたかったモネ展。
子どもたちや家族の思い出を残す時間。

自分の心が喜ぶことを後回しにしないようになりました。

自分が満たされると、不思議なくらい家族にも優しくなれる。

ママが笑顔だと、家族の笑顔も増える。

そんな幸せの連鎖を実感しています。

自分を満たすこと。

それは、自分の好きを大切にすることでした。

どんどん初挑戦する

長男の「やってみたい!」は、私の世界を広げてくれました。

サメ。
恐竜。
昆虫。
釣り。

どれも、それまでの私なら出会わなかった世界です。

キャンプもそうでした。

最初は不安だったし、正直面倒だなと思ったこともありました。

でも、やってみたら楽しかった。

挑戦したからこそ見られた景色がありました。

何歳になっても初めてのことはドキドキします。

でも、その先には踏み出した人にしか見えない世界がある。

どんどん初挑戦すること。

それは、人生を広げる選択をすることでした。

振り返ると、この5つは全部ひとつの場所に繋がっています。

5つの共通点

会いたい人に会うこと。

景色を見に行くこと。

美味しいものを食べること。

自分を満たすこと。

初挑戦すること。

全部、

「今を大切に、無邪気に人生を味わう」

ということでした。

しーくんは、私に死を教えたんじゃない。

限りある命をどう生きるかを教えてくれた。

命には終わりがある。

だからこそ私は、今日という日を大切に生きたい。

家族と笑える今を、思いきり味わって生きていきたいと思っています。

③ 人間性の贈り物

人はひとりで頑張らなくていい

しーくんを亡くす前の私は、

どちらかというと
「ちゃんとしなきゃ」
「頑張らなきゃ」

と思うことが多い人でした。

人に頼るより、
自分で何とかしようとする。

弱音を吐くより、
笑顔でいようとする。

そんな生き方をしていた気がします。

でも、
しーくんとの別れは、

ひとりでは抱えきれない悲しみでした。

どれだけ強くいようとしても、
どれだけ前を向こうとしても、

泣いてしまう日がある。

立ち止まってしまう日がある。

どうしても頑張れない日がある。

そんな自分を、
最初は受け入れられませんでした。

以前の私は、

悲しみを見せることは弱さだと思っていました。

迷うことも、
立ち止まることも、
人に頼ることも、

どこかいけないことのように感じていました。

でも、

たくさんの人に支えられながら生きる中で、
少しずつ気づいたんです。

人は、
ひとりで頑張らなくていいんだと。

大切な人を亡くした経験は、

私の中に
4つの人間性を育ててくれました。

人の悲しみに気づける心

以前よりも、
誰かの笑顔の奥にある悲しみに
気づくようになりました。

大切な人を亡くした方の言葉。

苦しみの中にいる方の想い。

見えない痛みを抱えている人の存在。

以前なら気づけなかったかもしれないものが、
少しだけ見えるようになった気がします。

怖くても進める強さ

悲しみを経験したからこそ、

「やりたいことをやらずに終わる方が怖い」

そう思うようになりました。

17年間勤めた会社を退職したこと。

本を書こうと思ったこと。

お話会を開こうと思ったこと。

どれも怖かった。

それでも一歩を踏み出せたのは、

人生に終わりがあることを
知ったからだと思います。

やらずに後悔するより、
やってみたいと思う方を選ぶようになりました。

「ひとりじゃない」と伝えられる力

Instagramで発信を続ける中で、

「救われました」

「うちだけじゃないと思えました」

そんな言葉をいただくことがあります。

私自身が、
たくさんの人に支えてもらったからこそ、

今度は私も誰かに

「ひとりじゃないよ」

と伝えられる人でいたいと思うようになりました。

弱い自分も認められる安心感

今でも私は強い人ではありません。

泣く日もあります。

落ち込む日もあります。

不安になる日もあります。

でも、

そんな自分でもいいんだと思えるようになりました。

無理に元気にならなくてもいい。

無理に前向きにならなくてもいい。

悲しい日があってもいい。

弱い自分も、
そのまま大切な自分なんだと
思えるようになりました。

弱い自分を否定しなくなったことで、

人の弱さも受け止められるようになった気がしています。

4つの共通点

人の悲しみに気づけるようになったこと。

怖くても進めるようになったこと。

「ひとりじゃないよ」と
伝えられるようになったこと。

弱い自分も認められるようになったこと。

それは、
悲しみの中で育った私の一部です。

しーくんは、
私に「強くなること」を教えてくれたというより、

弱さを抱えながら生きることを
教えてくれました。

ひとりで頑張らなくていいこと。

人は支え合いながら生きていけること。

それが、
しーくんから受け取った
人間性の贈り物です。

3つの贈り物

振り返ると、

しーくんが私に残してくれたものは、
ひとつではありませんでした。

見えなくても、
愛は続いていくこと。

命には終わりがあるからこそ、
今を大切に生きること。

そして、
人はひとりで頑張らなくていいこと。

つまり、

死生観が変わり、
生き方が変わり、
在り方が変わった。

全部、
しーくんからの贈り物でした。

しーくんは、

たった8か月の人生で、

私たち家族に、
数えきれないほどの愛と学びを残してくれました。

だから私は、

「しーくんがいなくなった」

とは思っていません。

姿は見えなくても、
今も家族の一員です。

笑ったり、
泣いたり、
迷ったりしながら、

これからも家族5人で
生きていきます。

もしこの記事を読んでくださった方の中に、

大切な人との別れを経験した方がいたら。

どうか知っていてほしいです。

愛した人との関係は、
死によって終わるわけではないこと。

見えなくなっても、
愛はなくならないこと。

そして、

悲しみの中にいる今は
信じられなくても、

いつかその人が残してくれた贈り物に
気づく日が来るかもしれないこと。

私にとってその贈り物は、

「今を生きること」でした。

しーくん。

我が家に生まれてきてくれてありがとう。

たくさん愛してくれてありがとう。

そして、

ママに大切なことを教えてくれてありがとう。

これからも一緒に、
たくさん笑っていこうね。