「見えないものを描く」という感覚との出会い

最近、モネに強く惹かれている。

最初のきっかけは家族で訪れた、

アーティゾン美術館のモネ展だった。(東京〜2026.5.24)

私はそれまで、正直そこまで絵画に詳しかったわけじゃない。

でも、モネの作品を見た瞬間、なんだか身体に“電撃”みたいなものが走った。

特に忘れられないのが、雪の絵だった。

「雪=白」だと思っていた世界が、モネの絵の中では、

ピンクや、青や、紫も巧みに使い、描かれていた。

その瞬間、

“目に見えるものだけが、全てじゃないんだ”

という感覚が、作品から一気に流れ込んできた。

そして私は、強く思った。

「自分が感じたことを、信じていいんだ」って。

見える・見えないだけで、世界を区切らなくていいんだって。

私は、亡くなった次男・しーくんを、

今も家族のそばにいる存在として感じながら暮らしている。

もちろん、それは証明できるものじゃない。

でも、“確かに感じるもの”がある。

モネの絵は、そんな感覚を、否定せずに存在させてくれる気がした。

帰宅してから、私は夢中でモネについて調べた。

そこで知ったのが、

モネは単に美しい風景を描きたかったわけじゃなく、

“その瞬間にしか存在しない光や空気”を、

キャンバスに閉じ込めようとしていた、ということだった。

それを読んだ瞬間、また鳥肌が立った。

“それ、私がやりたいことだ…”って。

私は、単に家族の日常を記録したいわけじゃない。

その瞬間に流れていた空気。

目には見えない感情。

そこに確かに存在していた気配。

悲しみと愛が同時に存在する空間。

そういうものを、映像や言葉に残したいんだって、その時はっきり気づいた。

喪失の中で“光”を描き続けた人

さらにモネを深く知りたくなって訪れた

イマーシブプラネタリウム モネ」。(東京・有楽町〜2026.7.12)

360度モネの作品に包まれながら、

モネが何を見つめ、何を愛し、

なぜ“光”を描き続けたのかを辿る映像体験だった。

そこで私は、モネの「連作」という表現を深く知ることになる。

積みわら。大聖堂。睡蓮。

同じ場所を、

朝、昼、夕方、

晴れ、曇り、雪、

季節や時間を変えながら、何十枚も描き続けたという。

それは、“同じ景色”を描いていたわけじゃなかった。

光が変われば、空気が変わる。

空気が変われば、世界そのものが変わる。

モネは、その“変化する瞬間”を描き続けていた。

その話を聞きながら、私は思った。

これって、私がやっていることと、すごく似ているんじゃないかって。

同じ家族。

同じ日常。

同じ“透明な家族”。

でも、

長男の年齢も、長女の成長も、

季節も、家の空気も、

悲しみの濃度も、希望の見え方も、

全部、少しずつ違う。

私は、その時にしか存在しなかった空気を、

映像と言葉で残そうとしている。

まるで、“家族の連作”みたいに。

しかもモネは、「積みわらを描きたい人」だったわけじゃない。

“光によって変化する世界”

を描きたかった人だった。

それを知った時、

私は、「育児アカウントをやりたい人」なんじゃなくて、

“喪失を抱えながら変化していく家族の光や空気”

を残したい人なんだ、と思った。

そしてもう一つ、深く胸に刺さったことがある。

モネは、息子のジャンを亡くしている。

特に、息子を亡くした後、深い喪失を抱えながら、

人生の集大成である《睡蓮》へ没頭していったことを知った時、

私は強く心を揺さぶられた。

喪失のあと、人生の表現が深まっていくこと。

悲しみが、作品の核になっていくこと。

それは、今の自分とも重なって見えた。

悲しみを、なかったことにせず。

でも、絶望だけにも閉じず。

その中にある光を、描こうとしていた。

だから私は、ここまでモネに電撃が走ったんだと思う。

モネへの共鳴

モネと出会って、私は初めて、

“自分が何を表現したい人なのか”を、

芸術という形で見せてもらった気がしている。

「雪=白じゃない」→ 感覚の衝撃

“光や空気”を描いていた → 表現との一致

息子を亡くしたあと表現が深まった → 人生との一致

そんなふうに、「作品への共鳴」→「表現者としての共鳴」→「人生そのものへの共鳴」が一本の線になった。

人はきっと、“自分の感覚を肯定してくれる表現”に、心を震わせるんだと思う。